◎ 短歌パラダイス−歌合二十四番勝負−(小林恭二 著・岩波新書)


『もし短歌や俳句が危機に陥っているとするなら、それは創作面が危機に陥っているからではない。むしろこれを味わい、評価する機能が危機に陥っているからだ』<本文より>
 本書は、若手歌人を中心に行われた短歌の批評合戦ともいうべき、熱気あふれる「歌合」の一泊二日にわたるライブ中継記録です。
 ここで発表されている短歌がすべて名作というわけではありません。どんな作品も初めて他者の目に触れ、真剣な、しかし楽しみながらの批評の俎上にのせられます。ゲームといえども勝負形式を取っているので、意味が取りにくかったりねらいが曖昧であったりする弱点は容赦なく突っ込まれます。その経過は、時として自己満足に陥りやすい詩歌が批評を得ることで意味を深めていく過程です。また、その道のプロが作った短歌をプロが批評しても人により解釈はかなり違い、「良い鑑賞」はあっても、これ一つが正しい鑑賞だというものはないこと、そして最先端の短歌の文芸作品としての現代性が実感できます。
 文中には、参加した二十一人の歌人のプロフィールや代表作も要領よくまとめられているので、これを読んで面白かった人はぜひ気に入った人の歌集を…というのは、難しい所。やはり、一ページに二,三首しかない本物の歌集に対峙するにはそれ相当の基礎体力が要ります。
 ちょっと高いですが、この本に触発された多くのスタッフが参加し、まとめ上げられた「岩波現代短歌辞典」は引く辞典というより、入門書として、また近代から現在までのアンソロジーを兼ねた「読む辞典」としてどこからでも読め、寝る前にめくるのに最適です。
 さらに、「短パラ」参加歌人である穂村弘・東直子と編集者の沢田康彦が作ったのが「短歌はプロに訊け!」<本の雑誌社>です。詠み人は有名人からサラリーマンまでさまざま。初めて短歌を作った人たちのファクス回覧誌を歌人がプロの目で批評しまとめたもので、作品自体も楽しいものが多く取っつきやすい本です。素人の作品でも力の入った読みにより、その短歌が(たぶんそれぞれの作者の意図を越えて)拡大していくのは、まさにプロの仕事です。
 そして「短歌パラダイス」の先駆けとして、同じ著者によるこちらは「句会」の中継記録である「俳句という遊び」「俳句という愉しみ」<岩波新書>があります。この二作の成果がなかったら、この「短パラ」は生まれなかったでしょう。小林恭二は俳句一色の大学時代を過ごした人であり、プロデュースにかける意気込みはこちらの方が上かも知れません。参加者の年齢が高いせいか全体に渋い印象がありますが、句を採点する形式なので読み進めながら参加する気分も味わえます。
 かなり本を読んでいる人でも、本屋の「詩歌・短歌・俳句」の棚は素通りしてしまうものです。これらの本は、未知の領域への良いナビゲーターになると思います。


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