これがセオリーなのかどうか、私は正確な知識を持ちあわせるものではないが、中学生の時分、チームに左利きがいると重宝され、主にセッターの背面、ネットの右端よりからアタックを打ち込むポジションに起用された。このエピソードが含意する二つのことについて、もう少し詳しくみてみたい。
 一つは、どうもアタックを打つときに、トスは右から飛んでくるほうが打ちやすいか、左から飛んでくるほうが打ちやすいかを比べたなら、右利きであれば右から、左利きであれば左からのトスが打ちやすいのではないかということだ。いや、正確に述べるなら、なかには両方の腕でアタックを打つことのできるプレーヤーもいるかもしれないから、右で打つなら右から、左で打つなら左から、と言い換えたほうがよいかもしれない。
 もう一つは、当然ながら、セッターがアタッカーにボールを供給するときに、後ろに上げるよりは、前に上げるほうがコントロールはつきやすいということだ。セッターがたとえ背面に対してであっても、正確なトスを供給せねばならないことはいうまでもないが、後ろに目はないわけだから、アタッカーのジャンプに合わせた、供給のタイミングの微妙な調節という点では、やはり前方へのトスに劣る。だからゲームにおけるセッターのポジショニングをみると、常に後ろに比して、前を広く取っているのではないだろうか。
 ふつう、ネット際でセッターは中央よりも右に寄り、左を向いている。その状態では、セッターが後衛であり、前衛に三人のアタッカーがいるとすると、基本的にセッターの前方で二人のアタッカーが、他方、背面で一人のアタッカーがボールを打つことになる。右手で打つほうが打ちやすい、右からのトスを受けるアタッカーは二人であるのに対して、左手で打つほうが打ちやすい、左からのトスを受けるアタッカーは一人であるから、そのセッターの位置取りは、右利きのプレーヤーが左利きよりも圧倒的に多いという事情に即しているといえる。
 ただ、チームによっては左利きが一人もいない場合も多いだろうから、そうした場合にはいっそうのこと、ネットの右端にセッターを配置してはどうだろう。そうすれば前衛の三人の右利きプレーヤー全員が、打ちやすい右からのトスを受けることができ、より効果的ではないか。私はそんな夢想を抱いたが、素人考えであったかもしれない。というのも、もしそんなことをすれば、コートの左の後ろにサーブが入ったときには、ボールはレシーバーからセッターに渡されるまでに、コートの対角線いっぱいの距離を移動しなければならない。セッターがネットの中央付近に位置しているときと比べて、移動距離が長くなるわけだから、どうしても精度は落ちてしまう。同様に、セッターが一番遠い、左端のアタッカーにトスを上げるときの精度も心配されるだろう。やや右よりであるにしても、ネットの中央付近にセッターが位置する慣例には、理由がないわけではなかった。――
 私にはもう一つの夢想がある。セッターがネットの中央付近に位置することに異存はないが、左を向かずに右を向いてはどうだろう。背面ではなく、前方に上げるトスのほうが精度は高いという点を考慮し、前方を広く取ろうとすれば、彼の立つ位置は自然、従来のやや右よりではなく、逆にやや左よりとなるはずだ。
 次に、アタッカーはといえば、左から飛んでくるボールは、仮に利き腕の優位性を考えないとすれば、左手で打つほうが打ちやすいのだから、三人のうち、中央及び右に位置する二人は、左利きであることが望ましい。
先に述べたように、右利きのプレーヤーが圧倒的に多いという事情から、セッターはふつうネット際の中央よりやや右に位置し、右 を向いている。そして、そのセッターを中心に、攻撃は組み立てられるわけである。そうした趨勢にあって、逆に右を向いたセッターから、攻撃を組み立てることができたなら、相手チームの戸惑いは、相当のものではないだろうか。
 ミスター・タイガースと称された掛布雅之が、本来右利きであるにもかかわらず、幼少より左打席に立ったことはよく知られている。投手にも右投げが多いが、右ピッチャーの球は右打席よりも、左打席のほうが見やすいということは、左打ちを身につける動機の一つであったろう。本塁打の印象が強いため、これはあまりしっくりとこないところがあるが、左打席は右打席よりも一塁ベースに近いので、同じような内野へのゴロを打っても安打となる確率が高いという思惑もあったかもしれない。
 敵の投手交代を難しくする意図から、右、左、右というふうにジグザグに打線を組む戦い方はあっても、一打席、一打席を取り上げるなら本質的には、打者と投手の一騎討ちの色合が強い野球からの類推で、コート上の六人の有機的な連携が常に求められるバレーボールについて語ることは当らないのかもしれない。仮に中学のときのチームにはたまたま左利きが多く、セッターが右を向く戦術を採用し得たとしても、高校での別のチームでもやはり左利きが多いということは、まず考えられない。ふつうにセッターが左を向くチームで、背面へのトスを打つ者として左利きは重宝されるかもしれないが、逆に右利きが多いことを前提とした戦術において、活躍の場は狭まってしまうかもしれない。だから左打ちに転向しろとは、軽々しく言えないところがバレーボールにはあるようだ。
 しかし、もし仮に右手でも左手でも、同じ強さでスパイクが打てるのだとしたら……、アタッカーは、左からボールが飛んでくる位置では左手で打てばいいし、もちろん右から飛んでくるときは、今までどおり右手で打てばよい。つまり、局面に応じたよりふさわしい打ち方を選択することができる。
 さらに……、もし仮に六人が六人とも、そうしたスキルを身につけていたとしたら……、セッターも左向きでも右向きでも、同程度に正確なトスが上げられるのだとしたら……、一試合に使える戦術の幅はぐっと広がり、その分相手チームの戸惑いも大きくなるのではないか。
 体格に勝る相手に戦いを挑むのだとしたら、そうした改善し得る点、残された部分をつめていくよりほかに方途はないと思えるのだ。


Copyright©hectopascal All rights reserved


Home