思えば、私は正しいSF読みだったように思います。
 出発は岩波の少年シリーズ。ハードカバー仕様でリンドグレーンの『長靴下のピッピ』や『やかまし村の子供たち』など、小学校の図書室には必ずありました。多分今もそうでしょう。そして『ナルニア国物語』を通過したころアーシュラ・K・ル・グインの『ゲド戦記』(いまだ未完:近く完結編が出るそうです)という流れに行き着きました。
 このころから文庫本にも手を伸ばしつつありました。ファンタジー路線を貫くならトールキンの『指輪物語』でしょうが、あの恐ろしく細かい字と登場人物の多さに挫折し、見知ったル・グインの大人向け『闇の左手』の方に行きました。
 ハヤカワ文庫に到達すれば、必ず隣にある創元文庫と一緒にあとはハインライン、ブラッドベリなど定石のとおり。毎年ハヤカワ文庫から出た日本SFアンソロジーの『SFマガジン・セレクション』も面白かった。今はなきサンリオ文庫もがんばっていました。

 SFから徐々に遠ざかったのはブルース・スターリングやウイリアム・ギブスンを中心としたサイバーパンクブームに入りこめなかったせいでしょう。『ニューロマンサー』は辛かった。一部SFファンの閉鎖的な感じも気づいてきましたし、このころのSF作品は無機質で破滅・終末感が漂うものが多く、その暗さがどうも好きになれませんでした。
 やはりSFにはビルドゥング・ロマンが似合います。加えてディテールがしっかりし、基本的に絵空事であるSFで逆説的に強いリアリティを与えている作品であることが「私の好きなSF」だと気づいたのは最近になってからです。

 幸村誠『プラネテス』は、現在雑誌連載中の近未来SFマンガです。月に基地が拓かれ火星開発も軌道にのりつつある2070年代。木星探査クルーを目指す宇宙ゴミ「デブリ」の回収作業員ハチマキの成長と周囲の人々を描いています。    
 まず、未来生活の描き方。確かに人は宇宙空間を住処とし新たな資源を手にし、英語を共通語として世界連邦的な社会を形づくっているようですが、国家間格差、テロや環境破壊も問題とされ、新しい病気も人々を悩ませます。そして今も昔も変わらない人間の生活。それ象徴するようなハチマキのお母さんはいい味を出しています。
 また、前編にあふれる詩情。宮沢賢治の引用は作品中に明示されていますが、寺山修司の引用もあると見ました。絵は人物は不安定なところもありますが、特に空想場面・宇宙空間やメカを描いた大ゴマの静謐な美しさは魅力です。
「宇宙開発は人類発展のため」といった表向きの理由以外に、どんな犠牲を払っても外へ外へと踏み出したいと願う人間の身勝手な欲求。そして帰るべき場所。きっと現在の宇宙飛行士の心の中にもあるのでしょう。

  「デブリ」は先ごろ不幸にも墜落したスペースシャトルの事故原因としても話題になっています。これはSFではないのですが、NASA周辺を描いたノンフィクションである隠れた名作が『君について行こう』だと思います。あの宇宙飛行士の向井千秋さんのちょっと風変わりなダンナさんの書いた少し前のベストセラーです。これは新しい夫婦のあり方、という面のみ話題になった本ですが、実は向井万起男さん自身も宇宙飛行士応募を考えた人であり、自他共に認めるNASAオタク・宇宙オタクであるのです。世界から集まってくる宇宙飛行士やスタッフ、訓練や支援する家族の関わり、アメリカの力と世界プロジェクトとしてのスペースシャトル計画などが向井千秋さんの宇宙飛行士挑戦の日々とともに描かれ、コロンビア事故のオニヅカ飛行士の夫人も重要な役割を担って登場しています。続編の『女房が宇宙を飛んだ』も最近文庫化されました。

 時の流れを超越し無理なく描けるのもSFの良い点で、新井素子『チグリスとユーフラテス』は一つの星への植民が歴史を女性の一生をなぞりながら進んでいきます。子供の生まれない社会ということでは萩尾望都の『マージナル』、植民の顛末ということでは手塚治虫・火の鳥『望郷編』を思い起こさせます。特にSFはビジュアルと一体として成長した分野であり、マンガやアニメーションとの相性は良いのですが、この『チグリスとユーフラテス』は絵で見せられると少し怖い、生々しい感じがします。小説ならでは良さと数々の仕掛けのある作品です。独特の饒舌で少女のような口調の文体に抵抗のある人はいるでしょうが、骨太で読後感のよい成長小説であると私は思います(この人の初期の傑作である『大きな壁の中と外』など今手に入るのでしょうか?)。

 ハリー・ポッター効果でファンタジーも活況を呈しています。小野不由美『十二国記シリーズ』も既に講談社文庫と講談社ホワイトハート文庫の一番いいところに置いてあります。最初はジュニア向けでしたが、人気により一般文庫へと日の目を見ました。ベストセラーなのでここでは多くを書くつもりはありませんけれど、ミステリー出身の作者の魅力は『東亰異聞』でもそうですが、一行でそれまでの前提をひっくり返すようなダイナミックさと、次はどうなる?という「物語の力」に溢れるところです。十二国記はアニメも放映中です。しかしここは文中の絢爛たる漢字を味わうため、文章で読むほうがいいと思います。

 ‥‥長いことサボっていた分野です。 さあこれから何を読みましょうか。


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